ヒロシ

家族の一人が大病を患った。脳に腫瘍が出来てしまったのだという。病気に無知な自分だが、それがSランクの病気であることぐらいは分かる。何の予兆も無く、突然の頭痛と発熱で病院に行ったら見つかったのだった。先日、その摘出手術が行われた。僕も病院に行き、終わるのを待っていた。僕が想像していた、手術室の前にある皮製のベンチに座り、ひたすらに「手術中」と光る赤いランプ消えるのを待つ、といったドラマでよくあるような感じではなかった。僕の家族専用の部屋が用意され、そこで待つこととなった。それが10時間に及ぶ大手術だったからなのか、それともどんな手術の際でもその部屋が「ご家族」に用意されるのかは分からない。頻繁に使っている風でもあったし、使われていないと言われればそれも納得するような部屋だった。その部屋は、入院部屋の一室をそれ用にレイアウトしただけのような部屋で、薬臭く、無機質で、広い。ソファーと長い机、それと部屋の一角に本棚が置いてある。本棚には、聖書や小説の文庫版などに混じり、こち亀、静かなるドン、今日から俺は!、クレヨンしんちゃん、など、どこのバカ野郎がセレクトしたのか? というぐらいに無軌道で統一感の欠片もないラインナップが並んでいた。そんな「町の床屋さんの本棚」的な老若男女に愛されるべき気の利いたラインナップも、時と場合によってはこれ以上なく神経を逆撫でするラインナップになることをその時に知った。そして、その部屋で、ただ待った。手術は上手くいった。術後、ICUに移されてから面会した時は、まだ麻酔が抜け切れておらず、本人がかなり朦朧としていたので心配になったが、先生の話では後遺症の心配も無いという。よかった。

帰りのバスの中で、僕の後ろに座っていた小学校2、3年生ぐらいの二人組の会話が聞こえた。幼く甲高い声で「ヒロシです・・・。」と、二人して延々ヒロシのネタを喋っている。どうも暗記したネタを言い合っているだけではないらしく、ヒロシです・・・というフォーマットを使った、その子供らのオリジナルのネタのようだった。思わぬところで出会ったヒロシの影響力の大きさに驚いていると、今度は「有田です・・・。」と、”もしも、くりぃむしちゅーの有田がヒロシのネタのフォーマットでネタをやったら”的なことまで喋り始めたので更に驚いた。またその内容が、ウンナンにへんな名前に変えられたとです・・・だのと小学生のくせに妙に詳しかったのも衝撃だった。今後、TVでヒロシを見ると、僕はこの日のことを思い出すのだと思う。

そして、ホッとした僕は、慰めるようにPS2を買い、矢口もすなるドラクエ8というものをやり始め、気がついたらサイトを大放置していたのだった。