幕府

いつもは使わないラインの電車に乗っていた。いつも思うのだけど、電車の中にはそのラインによってなにか『暗黙の了解』のようなものがあるような気がする。満員時の顔の向きだとか、電車を待ってる時の場所取りだとか。だから、初めて乗るラインの場合少しドキドキする。



そんな緊張気味の僕を知ってか知らずか、一駅着く前に早速『試練』がやってきた。僕の目の前に、見るからにアル中一歩手前という顔と身なりをしたオッサンがいる。で、そいつが連発するわけだ。クシャミを。



『オッサンのクシャミ』ってだけで僕にはツボだ。『発射寸前の顔』の面白さときたら、もうたまらない。一瞬にしてそのオッサンが季節を読み間違えて寝冷えしてる様が脳裏に浮かんだりする。



しかも、そのオッサンときたら「ペプシ!」としか聞こえないくしゃみをしやがるのだった。結構でかい声で「ペプシペプシ!」と連発するオッサンがそこにはいる。多分滅多に飲まないであろう「ペプシ」を連発している、あきらかなる『珍獣』がそこに!!



僕には笑うのを堪えることなんてできない。でも、不思議なことに車内で笑ってる人は一人もいないのだ。これがこのラインの暗黙の了解なのか。ここで一人イキナリ笑い出したら、今度はこっちが珍獣扱いだ。僕は指差してめちゃくちゃ笑ってやりたい気持ちを無理矢理噛み殺した。苦肉の策で「むふぅッ」という不自然な咳をした振りをして誤魔化したりもした。



が、もう限界だ。もうやめてくれ。さっさと降りて僕を解放してくれ。そんな僕の心の叫びは届くはずも無く、奴は「ペプシペプシペプシ!」と3連発。野郎!!しつけーよ!!ペプシ飲みたきゃ飲めよバカ!などと言えるわけもなく、そうこうしてるうちに、ペプシはあっさり次の駅で降りていったのだった。



そしたらペプシの座ってた座席に残ってんだ。くしゃくしゃに丸まった汚ねぇハンカチが!!で、そのハンカチをどかして座ろうって人が誰もいやがらない。まさに東京砂漠。僕もペプシの次の駅で降りたんだけど、多分ペプシのハンカチは終着駅まで行ったんだろうな。



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という日記を、一年半ほど前に(前のサイトで)書いた。そして今日、また電車の中でクシャミを連発する人に出会ったのである。今度は、サラリーマン風で小太りな、過剰なほど「お父さん」という感じがする中年だった。彼が発する咳払い交じりのクシャミは、何をどうしても「幕府ッ!」としか聴こえず、しかし、だから幕府がなんなんだよ?と訊くことなど初対面だし当然出来ず、というか出来ず、そして、またしても車内で笑ってる者は誰もいなく、僕は1人悶絶したのだった。あいつら耳ついてんのかよ。